40話 甲斐犬ゴマと、ゴマ母さん
「退院したよ!でもね、ゴマあげちゃおうと思って・・・。」
入院中、飼い犬の甲斐犬ゴマは息子さん宅に預けられていた。
予定なら、退院翌日、ゴマも戻ってくるはずだった。
ところが、以前からゴマを欲しがっていたご夫婦が、
その身体では散歩も厳しいだろうと、
この機会にゴマを引き取りたいと申し出たらしい。
たしかに入院前のような散歩はできない。
でもゴマが居るからリハビリにも生活にも前向きになれる。
退院早々、ゴマ母さんは苦渋の決断に迫られていたのだ。
「潮時かねっ。。」
憔悴しきったゴマ母さんの決断に、ろくな返答もできず電話を終えた。
実は、会話の中でちょっと引っかかった節があった。
“手放すからには、もうゴマには会わないでほしい”
ご夫婦の意向らしい。
厳しい・・・。
ゴマのため、か。それとも自分らのため、か。
この際、犬の解明不可能な気持ちより
高齢のゴマ母さんの気持ち優先じゃないのか。
“リハビリ頑張って、たまにはゴマに会いに来てね”
くらいでいいから。。
…ブルーだ。。もお全部ブルーだ。
夕方、散歩コースを外れて、ゴマ母さん宅の前を通った。
窓に、何か月ぶりかの灯りが見える。
玄関前にはスクーター。犬仲間が来ているようだ。
めでたいはずの退院日、窓の灯りとスクーターが
冷たい夕空のしたで、せめてもの救いに見えた。
翌日、ゴマ母さんに会いにいった。
ゴマは居ない。まだ息子さん宅か、
それとも、すでにご夫婦宅にいったのか。
「お兄ちゃん!来てくれたの、わるいねぇ^^」
思いのほか元気な様子で安心したが、
「ゴマに会いたいよぉ。。あぁ、どうしようもないね。」
口にするのはゴマの事ばかり。
「あれはね、ゴマの好きな縫いぐるみ」
スヌーピーを指差しながら、力ない笑みを浮かべていた。
壁にはゴマの写真、写真、写真。。
十数年、ふたりでここに居たんだよなぁ。。
「・・・そいじゃ、また来るよ!」
もらったミカンをポッケに入れるところを
ペロに見られた。
なんだよペロ、食べたいか?
でも柑橘系は、犬には・・・
その週末。
クリスマス、イブイブ、イブイブイブかな。
家族旅行で山中湖に旅行中のことだった。
前日まで降り続いた雪でいっぱいのドッグランで、
携帯が鳴った。
ゴマ母さんだった。
何やらご機嫌な声で、
「ゴマ返してもらったよっ!もぉ心中覚悟だよっ!!」
な、なんだって!?
急展開に驚いたが、久しぶりに
ゴマ母さんらしい江戸弁が聞けてホっとした。
ペロっ!ゴマ還ってくるってよ^^!!
明日会いにいこうぜ。
ゴマ母さん宅の前に着いた。
ワンワン、ワオォオ〜ン!
おっ、さっそく玄関先のペロに気付いたようだ。
またこの家からゴマの声を聞けて、本当に嬉しく思った。
「あがって、あがって〜!」
久しぶりに見るゴマは、相変わらず元気で安心した。
高齢を感じさせない身軽さで、
急な階段を軽快に上り下りして歓迎してくれている。
「よかったね〜ゴマ!おかえり〜^^!」
居間を覗くと、ゴマ母さんがおぼつかない足取りで何かしていた。
元気なゴマとは対照的な、ゴマ母さんの重い足運びを目にして
正直、不安でいっぱいになってしまった。
本人が一番わかっていたと思う。
この先、ゴマの満足できる散歩、、、どころか、
今日の夕方の散歩にも、きっといけない。。
これじゃホントに、ゴマと心中覚悟だよぉ。
オレなんかが口をはさめない世界を目の当たりにして、
気が遠くなるのを感じた。
足もとで、ペロと戯れるゴマ。
ゴマに出会えてよかったよな、ペロよ。
オレも、ゴマ母さんには一宿一飯の恩義がある。
一宿はないが、以前、ミートソースと煮豚などを頂いた。
「夕方、また来ますよ^^!」
よし、毎日一回はここに来て、声掛けをしよう。
そしてゴマを散歩させてやろう。
過去や未来にとらわれず、今を素直に受けとめる。
全部、犬が教えてくれたことだ。
そして何より自分のためにしていることなんだ。
ゴマの夕方散歩も四日目。
歩きながら、ゴマのお尻を鼻先でツンツクつつくペロ。
ワンッ!!しつこいよ!と、
ペロの背中に歯を当てて叱るゴマ。
少しだけ反省の様子をみせるも、
ヘヘッ^^と、すぐ立ち直るペロ。
ペロには本当に大事な存在なんだよな。
黄色信号。
マテっ。
立ち止まると同時に、スタッとオスワリしたゴマ。
つられてペロも、ちょこんとオスワリ。
青になったけど、、並んだ二匹の背中を
いつまでも見ていたかった。。
翌朝、ゴマ母さんから電話がきた。
「ゴマ、すっ飛んでいったよ・・」
どうやら、またご夫婦が説得にきたらしい。
そして、決断。
「みんなに迷惑かけてるし・・」
「ゴマも長いことないしね、
最後はどっかで落ち着かせてやりたい・・」
言葉に詰まったが、ゴマ母さんが決めたこと。
それを明るく後押しするしかないのかな。
「隣の隣のおじいちゃんにも知らせにいったよ・・」
隣の隣の90歳のおじいちゃんは、ゴマの朝散歩をしてくれていた方だ。
数ヶ月前に奥さんを亡くされたばかりで、
ここ数日、早朝のゴマとの散歩が楽しみだった。
「おじいちゃん、ビックリして、目大きくして、
ア…アッ…、って言葉が出なくなっちゃったよ・・」
おじいちゃん、、、杖をついて、ゆっくり一歩一歩、
散歩というより、ゴマを大事にエスコートしているかのようだった。
コマンドなんて必要ない。
ゴマがしっかり、おじいちゃんに歩調を合わせていた。
もう見れないんだな、そんな暖かい光景も。
「夕方、また顔出しますから!」
そう、オレがブルーになってては良くない。
「そいじゃ、またあとで!」
そういえば牛乳がない!ってブツブツ言ってたな。
「牛乳屋さんですよ〜!ゴマ母さん元気〜^^?」
もちろん元気じゃなかった。
でも、それに同調していては、これっぽちも救えない。
「まずはゴマ母さん自身が、
ひとりで散歩できるように、
リハビリ頑張んないと^^!」
「そうだねっ^^」
帰りに、カマボコをもらってしまった。
牛乳一本で、カマボコ。。倍返し。
次は何を持っていこう。。
口には出さなかったけど、
元旦から三日連続で救急車を呼んだらしい。
家にゴマが居ない現実に、
深夜、パニックになってしまうようだ。
「もうわるくて、救急車呼べないよぉ・・」
さらにその二日後。
いつものように玄関先から声掛け。
応答無し。電気ついてるのにな。
心配になって覗いてみる、
ストーブが消えてるってことは、
ひとりで買いものでも行けるようになったんかな?
ペロよ、公園行ってみっか。スタスタ・・。
すると公園の裏口から、数人に抱えられたお年寄り。
「ゴマ母さんかな??ど、どしたの〜〜〜?」
坂道で転んだらしく、
うずくまってたところを助けてくれたらしい。
頭を触ってみると、どでかいタンコブ。
「救急車は呼べないよぉ、、もう恥ずかしいよぉ、、」
「いや、これは呼ばなくちゃ。。」
「そうかい?」
それから30分ほどで救急車到着。
オレは帰宅。
その夜、
「還ってきたよ〜^^!異常なしだってっ!
看護婦さんが、何回でも来てくださいよだって^^!」
声が妙にでかく、元気モリモリになっていた。
やっぱり、誰かとお話しすると元気が出るもんなんだな。
うんうん、わかるわかる。
その後。
ゴマ母さんの親戚の方が、動いてくれた。
ゴマ母さんを、時々、ゴマに会わせてあげてほしいと、
ご夫婦に、お願いをしてくれたらしい。
なんとか呑んでくれたようだ。
これでゴマ母さんも、少しの希望が持てたはずだ。
よかった。
と、思わなくちゃいけないのかな。
ペロよ、
ゴマ、よそにもらわれていっちゃったよ。
もうツンツクできないな。
覚えてるか?
遊んでくれたのも、
並んでお散歩したのも、
一緒のオヤツ食べたのも、
味方になってくれたのも、
叱ってくれたり、優しくしてくれたのも、
全部、ゴマが最初だったんだよ。
だって、はじめての散歩の日に、
よし!行くぞー!!って、玄関のドアあけたら、
そこにゴマが居たんだもんな。
ペロの水先案内犬だったのかもな、ゴマ。
きっと、子犬の匂いに気付いて
ドアが開くまで、しばらく待っててくれてたんだよ。
ゴマ母さんがよく話してくれた、
「ゴマは、ペロを息子だと思ってるんだよ^^」は、
本当に、そうだったのかも知れないな。
どうなんだ?ペロよ・・。
そっかペロ、よくわかったよ^^、そっかそっか・・・。
オレは、ゴマ母さんに救われたんだよ。
今のオレのすこぶる社会性も、
最初に会ったゴマ母さんから頂いたものだよ。
明るい声で、堂々と、、、、、、、、
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「あらら〜おチビちゃん〜何か月〜^^?」
柴犬ペロォ
2011.6.24生まれ♂。本名「夏の黒政号」
娘さんデザインのダンボール造新築一戸建てに住んでいる。
趣味は洗濯物の上でオシッコすることだ、ガハハ^^